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美しい日本,優しい日本人 いつまでも!


by stvoy
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餅つき

 今年の餅つき大会の写真を載せるのを忘れていたので遅ればせながら投稿します。

江南市のスポーツレクリェーショ協会主催の餅つき大会でした。

昨年と同じ場所でしたが去年との違いは、雪がないことです。昨年は雪が舞う中での餅つきでしたが今年は晴れた穏やかな天気でした。


餅つき_e0124258_23393132.jpg蒸し器は二基用意してあり、次々と蒸しあがります
餅つき_e0124258_23404931.jpg張り切って振り上げるがすぐくたびれるので、一臼搗くのがせい一杯
 餅つき_e0124258_23391667.jpg子供も興味津々、親が手を貸して餅つき体験をさせて居ました
 餅つき_e0124258_2341631.jpg市の幹部も杵を持ち、広報に載せるんだと大張り切り
餅つき_e0124258_20385318.jpg臼は石臼と木の臼の2つで搗きました。木の臼は小さいので、臼の縁を杵で何回も叩きました。
餅つき_e0124258_23414039.jpg搗きあがった餅をあんで包んであんころ餅の出来上がり

餅つき_e0124258_2359264.jpg搗きあがりをほおばるのも現場にいる人の特権。至福の表情

# by stvoy | 2012-01-22 23:08 | 旅行・観光・催事

朝火事

朝の7時に時報を合わすようにサイレンが鳴りました。火事予防啓蒙のサイレンかと思って聞いておりました。そのうち消防車のサイレンが騒がしいので火事だと分かりました。

サイレンの音からすると遠そうでした。30分ほどして外を見たら、屋根越しに煙が見える。そう遠くないので、野次馬としては見に行くしかない。

住宅街で煙が見えます。白い色ですから、もう鎮火なのだと思います。
朝火事_e0124258_10472823.jpg


住宅街の真ん中での火災ですが、住人は3人、3人とも真っ黒に煤で汚れたまま救急車で運ばれたと言います。娘さんの部屋が一番燃えていて、何が原因なのか調査中の様です。
朝火事_e0124258_1050078.jpg


住宅街だが消火防水がなく、200m程ホースを伸ばしての消火だったようです。
朝火事_e0124258_10515626.jpg
google earthで測定するとジャスト200mでした
朝火事_e0124258_11523880.jpg


最初は町内の方が、自発的に備え付けの消火栓で、初期消火活動していたようですが火の勢いに間に合わなかったみたいです。

いずれにしても隣に火が移らず良かった。お隣の方が、「良かった!」と胸を撫で下ろしていましたが、その気持ちわかります。

町内で防火用水漕のあり場が遠くて分からず、少し消火活動が手間取ったようでした。「FIRE CISTERN」と看板があっても、他地域からの応援団には、それが見つけられなかったみたいです。

我が家の場合、近くに消火用水が近くにないから、火事になったらお手上げです。火の出ないようにするのがまずは先決。
# by stvoy | 2012-01-18 10:59 | 事故・事件関連

救急車の応急処置

先日近くの神社に行こうとしたら後ろから救急車が来て私の車を追い越して行きました。

私の行きたい方向に走って行きましたが、私が交差点を曲がると、とっくに過ぎ去っているはずの救急車が、すぐ前を走っていました。途中踏切でつかまっていたのだろうか。

少し追従して行きましたが、すぐ赤信号で離されてしまいました。

私が目的の神社に着いたら、境内の奥の方に、先ほどの救急車が止まっていました。

傍へ行きますと、既に担架に70前後の男が載せられており、運ばれる最中でした。参拝中に倒れたので、近くの人が救急車を呼んだようです。その人は単身で来ていて、仲間がおらず、何処の何べいさんか分からず、救急隊員はその人のポケットの携帯で、心当たりを探って連絡しようとしていました。

そのあとで担架に載せられていた人が何か喋っていたので、意識はある様でした。寒い日だったので、『高血圧から脳梗塞でも起こしたのか?』と勝手に想像してその場を離れました。
# by stvoy | 2012-01-14 23:02 | 事故・事件関連
木曽川に遊歩道があって、寒い真冬でも早朝7時には常連が歩いているそうです。先日歩く会があったので私も初めて参加しました。

写真は「山名渡の常夜灯」として、江戸時代後期に作られ、木曽川を上下する船や、渡し船あるいは堤防を往来する者の目印にされていたそうです。

裏                    表
木曽川は江戸時代に出来た_e0124258_1838654.jpg木曽川は江戸時代に出来た_e0124258_235358.jpg



この様に歩き大会に参加しながら、史跡を眺めていて、濃尾平野の今昔物語を、少し知りました。先ず、大体今の木曽川は、江戸時代始め頃に出現した、と言うからびっくり。木曽川は、太古の昔から、悠久の流れのまま、今日あるものだと思っていました。
木曽川は江戸時代に出来た_e0124258_19513597.jpg


元の木曽川は犬山から数キロ下流から、岐阜市を通って今の長良川の、墨俣に流れていたそうです。その流れが、400年ほど前に大洪水があって、流れが激変して今の姿になったそうです。江戸時代になる15年前の出来事でした。それ以来木曽川は今の姿になったと言うことでした。

墨俣「一夜城」が出来た時は、木曽川が墨俣に流れ込んでいて、要衝だったはずが、城が出来て僅か2年で木曽川が無くなって、別の方向に行ってしまったので、城の役目が無くなって廃れたそうです。


ついでに、歴史を更に遡ると、今から1300年ほど昔は、海水が岐阜県の大垣辺りまで流れ込み、今も地名に残る、飛島、枇杷島、津島、長島あたりが当時島だったと言います。一宮近辺の中島郡は、殊に大きな島であったようです。それを証明する往時の古地図が猿投神社に今も残されているそうです。

地元を歩け歩けと、歩いているうちに見つけた、歴史の上の謂れでした。ちなみに、私らの家の真下を深く掘ると、河原の石がごろごろ出てきます。昔河原だった証拠です。
木曽川は江戸時代に出来た_e0124258_22152582.jpg

# by stvoy | 2012-01-10 17:08 | 自然・環境

木曽川経由成田山

気温5度以下、朝から雪が舞うような天気でした。そんな中を私は風邪ひいてるのが嘘みたいに少し歩きました。

片道5Kmを往復、おおよそ10Kmほどです。

木曽川経由成田山_e0124258_22562140.jpg木曽川の堤防を御囲い堤と言いますが、そこに江戸時代から立っている常夜灯を見ながら歩き、歩きまた歩き
木曽川経由成田山_e0124258_225977.jpg前から約束していたのでドタキャンは出来ません。気持ちはイバラの棘を頭に巻いているような気持ちです。
木曽川経由成田山_e0124258_2355294.jpg針綱神社で初詣
木曽川経由成田山_e0124258_2352367.jpg次は成田山で初詣
木曽川経由成田山_e0124258_22544995.jpg成田山から針綱神社方面を見れば犬山城が見えます。距離は直線で1Km、歩いて10分です。
木曽川経由成田山_e0124258_2254597.jpg昼になったので成田山のすぐ近くの中華料理屋で食事。軽くの積りが、量がものすごい。から揚げ定食は子供の握りこぶしみたいなのが3、4個、それに麺、更に大きなお椀にライスがついてサラダもある。もう食べきれない。

・・・はずが残しては勿体ないので、ほぼ完食。

私は餃子定食。同じく食べきれないくらいなのをほぼ平らげました。これで800円しない。安い!!


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# by stvoy | 2012-01-06 23:15 | 旅行・観光・催事